舌やお口まわりの筋肉と「かみ合わせ」の関係
あなたの舌はふだん(お食事や会話以外のリラックスしているとき)どこにありますか?舌先はどこについていますか?
患者様に質問すると、「上あごに触れている」「下の歯列にのっかっている感じ」「上の歯の裏側についている」「上下の前歯の間にはさまっている」あるいは「どこにも触れていない」…いろいろな答えが返ってきます。なかには、舌のことなんて意識したことがない…と悩んでしまう方もおられます。
今回は、歯ならび、かみ合わせに影響を与える、舌の位置や動きの癖について詳しくみていきましょう。
舌はリラックスしている時に口蓋の前方(上あごの前の方で、すこし凹凸のある場所。)に軽く接触している、これが舌の正しい状態です。この位置を「スポット」とよんでいます。上下の歯には触れません。
歯は、外側はくちびる、頬っぺたに囲まれていて、内側には舌があります。くちびる、頬っぺた、舌、これらは筋肉ですので、内側・外側から歯列をお互いに押しあっています。歯列の位置が安定するためには、これらの筋肉の力のバランスがとれていることが重要であるという考え方(1899年のAngleの論文に書かれています)があります。後にWeinsteinらによって「平衡理論」と呼ばれ、今でも歯科矯正学の基本的な概念のひとつになっている考え方です。
この唇や舌などから歯列が受ける力がどれくらいの大きさなのかについては、多くの研究がありますが、安静時に唇や舌が歯に接触しているときにかかる持続的な力は5g/cm2以下、飲み込む時や会話の時に瞬間的にかかる間欠的な力として20g/cm2以下と報告されています。非常に弱いこのような力でも、歯が動いてしまうのです。
例えば、「お口をポカンとあけていることが多い(口唇閉鎖不全:こうしんへいさふぜん)」という方がおられるかもしれません。外側からの唇を閉じる力が弱く、一方で内側から舌が歯を前へ押している可能性があります。そのような場合は、歯が前の方に出てきてしまい、出っ歯や開咬(上下の歯がかみ合わない状態)になりやすくなります。舌がいつも低い位置にあり、下の歯列にのっかっている、上下の前歯の間にはさまっている、上の歯の裏側についているという方は、舌の正しい位置(スポット)を意識してみましょう。
また、食べ物や飲み物をのみ込む(嚥下:えんげ)時の舌の動きも大切です。
飲み込む時は、本来、舌先は少しだけ前に動き、舌の中央部が上に持ち上がって口蓋を押すような動きをします。しかし、赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸うときのような、舌を前に突き出しながら飲み込むくせ(乳児型嚥下)が大きくなってから(幼児期以降)も残っている方がおられます。気になる方は、実際に鏡を見ながら、ツバを飲み込んでみて、舌やお口のまわりがどんなふうに動いているか、観察してみましょう。飲み込む時に、上下の歯の間から舌が出ている方、唇や頬っぺたに力の入る方は、舌の動きの癖をお持ちかもしれません。また「くちゃくちゃと音を立てて食べる」という方も、物を食べる(かむ)時の、お口まわりの筋肉のバランスがとれていない状態かもしれません。一日に飲み込む回数は平均3000回ほどと言われています。その度ごとに舌を前に出して歯を押しているとすると、歯に間欠的(かんけつてき)な矯正力を加えているのと同じ現象が起きていることになります。お口ポカンの場合と同様、歯が前の方に出てきてしまい、出っ歯や開咬(上下の歯がかみ合わない状態)になりやすくなります。
舌の癖があり、これが悪い歯ならび、かみ合わせの原因になっている患者様の場合、舌の動きをコントロールできるかどうかが、矯正治療の仕上がり、そして治療後の安定性を左右します。ですから、当院では、矯正治療で歯を動かすのと合わせて、口腔筋機能療法(MFT)を行っています。口腔筋機能療法(MFT)は、舌やくちびる、頬っぺたなどの口腔顔面筋のトレーニングをとおして筋肉の不調和を整えていく療法です。咀嚼時、嚥下時、発音時、安静時の舌や唇の位置の改善、および呼吸をはじめとした口腔機能の改善効果が期待できます。口腔筋機能療法(MFT)では、手鏡やストロー、スティック(アイスの棒のようなもの)、水などいろいろな道具を使います。最初は基本のトレーニングからはじめ、習熟度に合わせて、内容を深めていきます。来院時だけでなく、ご自宅や仕事場、学校など、ふだんの生活の中に取り入れて頂くことで、より高い効果が期待できます。とはいっても、ふだん無意識にやっている舌の動きを変えることは、誰にとっても難しいことです。長年かけてしみついた癖であり、その方の習慣ですので、一朝一夕には解決できない問題です。うまくいくコツは、専門家の管理・指導を受けながら、じっくりていねいに取り組み、患者様ご自身でその練習を継続することだと思います。当院では熟練したスタッフがトレーナーとなり、来院のたびに患者様のふだんの生活の様子をお伺いしながら、一緒に練習しています。歯を動かす期間だけでなく、保定期間(装置を外した後)に入ってからも、練習を継続しています。
当院の初診カウンセリングでは、医師・スタッフが不正咬合に関係する筋肉の機能的な背景にも注目して、診察しています。また矯正治療のゴールを考える際は、形のバランスだけでなく、口腔周囲の機能の個人差についても注意を払うようにしています。舌やお口のまわりの筋肉の動かし方で、気になることがありましたら、お気軽にご相談ください。